大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成7年(ワ)186号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一二五〇万円及びこれに対する平成七年二月二三日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、土地及び地上建物の買主が、買受土地の一部に回転広場として道路位置指定された部分が含まれていたことを理由に、売主に対し、売主の担保責任の規定に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(1ないし4は争いがなく、5は訴訟上明らかである。)

1  原告は、被告から、昭和四八年二月一八日、被告所有の別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件宅地」という。)、同(二)の土地(この土地と本件宅地とを一括して以下「本件土地」という。)及び同(三)の建物(以下「本件建物」という。)を買い受け(この売買契約を以下「本件売買契約」という。)、代金全額を支払い、同年五月九日、所有権移転登記を経由し、そのころ本件土地・建物の引渡しを受けた。

2  本件宅地及び隣地の柏市〈以下省略〉のうち、別紙図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分(二七平方メートル、本件宅地上にかかる部分は二三平方メートル)に、柏市昭和四七年一〇月二七日第一五七号をもって回転広場として道路位置指定(以下「本件道路位置指定」という。)がされている。

3  本件道路位置指定がされているため、本件建物を改築するにあたり建坪を大幅に縮小しなければならないなどの支障が生ずるから、本件道路位置指定は民法五七〇条にいう隠れた瑕疵に当たる。

4  原告は、被告に対し、平成六年七月ころ、本件道路位置指定を解除するための措置をとるよう求め、それができないときは損害賠償を請求する旨通知した。

5  被告は、平成七年三月一五日の本件口頭弁論期日において、原告の本訴請求債権につき消滅時効を援用した。

二  争点

1  本件の第一の争点は、原告主張の損害賠償請求権が消滅時効又は除斥期間の経過により消滅しているか否かである。

(一) 被告の主張

本件売買契約の日である昭和四八年二月一八日又は本件土地につき所有権移転登記がされた同年五月九日から一〇年又は二〇年の経過により、原告主張の損害賠償請求権について時効が完成するか又は除斥期間が満了している。

(1) 瑕疵担保責任について、民法五七〇条、五六六条三項は、「買主が事実(瑕疵)を知った時から一年内に権利を行使することを要する」としているが、右規定の趣旨は、右責任の追求を早期にさせ、権利関係を早期に安定させることにあり、その趣旨からすれば、買主が一般の消滅時効の期間を超えるような長年月の経過後に瑕疵を知った場合であってもその後一年内であれば右責任の追求が可能であるとすることは相当でないというべきであり、原告主張の損害賠償請求権には民法一六七条一項の規定を適用すべきである。

(2) 不法行為による損害賠償請求権についての民法七二四条後段は二〇年の除斥期間を定め、取消権につき民法一二六条後段、八六五条、詐害行為取消権につき民法四二六条後段、相続回復請求権につき民法八八四条後段は、いずれも除斥期間ないし時効期間として二〇年の期間を定めている。このような法の趣旨に照らし、原告主張の損害賠償請求権は遅くとも二〇年の経過により消滅していると解すべきである。

(二) 原告の主張

(1) 原告は、平成五年一二月ころ、本件土地の売却を仲介業者に依頼し、平成六年二月ころ、仲介業者の調査により、本件道路位置指定がされていることを初めて知り、一4のとおり被告に対し、損害賠償を請求したものであり、本訴請求は民法五七〇条、五六六条三項の要件を満たしている。

(2) 民法五七〇条の瑕疵担保責任の場合、瑕疵がまさに「隠れている」のであり、引渡しの時から買主が数量不足等の有無を自ら検査して担保責任を追求することできるような場合とは異なるから、民法一六七条一項を適用するのは相当でない。

(3) 過失責任である不法行為責任の法理を無過失責任である瑕疵担保責任に持ち込むのは不当である。また、瑕疵担保責任における隠れた瑕疵は、あえて言えば、不法行為が継続しているのと同視できるから、これが存在する間は時効ないし除斥期間は進行しないこととするのが筋である。

2  本件の第二の争点は、被告の消滅時効又は除斥期間満了の主張が権利の濫用に当たるか否かである。

(原告の主張)

被告は、本件売買契約当時、免許を受けた宅地建物取引業者であったところ、本件道路位置指定がされていることを知りながらこれを隠して本件土地を原告に売却したのであり、仮にそうでないとしても、被告には、右指定の有無を調査し、原告に告知する義務がありながらこれを怠って売却した過失があったというべきである。そのような被告が本訴において消滅時効等を主張するのは権利の濫用として許されない。

3  本件の第三の争点は、前記損害賠償請求権が認められるとした場合、原告の被った損害額をどのように算定するかである。

(一) 原告の主張

瑕疵担保責任に基づく損害の賠償は信頼利益の賠償を原則とするが、本件のように売主に故意又は過失がある場合には履行利益の賠償が認められるべきである。

(1) 本件道路位置指定があるため、本件宅地上に通常の居住用建物を建築することは不可能であり、原告の被った損害は金一二五〇万円を下らない。

(2) 右が認められないとすれば、原告は、本件道路位置指定が本件宅地上にかかる部分が二三平方メートル、今後これを売却する場合の売買対象面積が六五・五一平方メートルであることを前提に、損害額を次のとおり主張する。

(履行利益)

ア 平成六年二月に現実に現れた買受希望者の提示額合計金二〇〇〇万円(一平方メートル当たり単価金二二万五九六三円)と、平成八年の本件宅地の近隣の路線価一平方メートル当たり金一七万五〇〇〇円に六五・五一平方メートルを乗じた金一一四

六万四二五〇円との差額金八五三万五七五〇円

イ 右買受提示額単価に二三平方メートルを乗じた金五一九万七一四九円

ウ 一4の通知をした平成六年七月当時の路線価に二三平方メートルを乗じた金四六〇万円

エ 本訴提起時である平成七年二月当時の路線価に二三平方メートルを乗じた金四一四万円

オ 平成八年九月当時の路線価に二三平方メートルを乗じた金四〇二万五〇〇〇円(信頼利益)

カ 現実の本件宅地の売買代金額と瑕疵があることを前提とした客観的な代金額との差額、すなわち、本件土地・建物の売買代金総額金九六〇万円(契約書上は金八〇〇万円)のうち、本件宅地の一平方メートル当たり単価(総額金六五一万六八八二円)に二三平方メートルを乗じた金額について、消費者物価指数により換算した平成六年度・金四二一万六六七五円、平成七、八年度・金四一九万九七四一円(右金八〇〇万円を基準とすると、それぞれ金三一八万一四〇五円、金三一六万八六二九円)

(二) 被告の主張

瑕疵担保責任による損害の賠償は、履行利益ではなく、信頼利益の賠償に限られると解すべきところ、原告の主張する損害はいずれも結局履行利益に当たるものであり、不当である。

第三  争点に対する判断

一  争点第一について

原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成五年一二月ころ、本件土地を売却することとし、仲介業者に依頼し、平成六年一、二月ころ購入希望者が現れたが、仲介業者の調査の結果、同年二、三月ころ本件道路位置指定がされていることが分かり、売買契約の成立に至らなかったこと、原告は、本件売買契約当時もその後も、被告から全く本件道路位置指定について聞かされていなかったことが認められる。

ところで、隠れた瑕疵がある場合の担保責任の規定である民法五七〇条の準用する同法五六六条三項は、損害賠償の請求について、買主が事実、すなわち瑕疵の存在を知った時から一年内にこれをすることを要する旨を定めているところ、原告が、被告に対し、本件道路位置指定を解除するための措置をとるよう求め、それができないときは損害賠償を請求する旨通知したのが平成六年七月ころであることは、第二、一4のとおりであるから、原告が民法五七〇条による損害賠償請求権を行使したのは、瑕疵を知った時から一年内であるが、本件売買契約の日である昭和四八年二月一八日又は本件土地につき所有権移転登記がされた同年五月九日ないし引渡しがされた日からは二〇年余を経過していることが明らかである。民法五七〇条、五六六条三項の規定は、その文言自体からすれば、買主において瑕疵が隠れていたためこれを発見することができず、現実に瑕疵の存在を知ったのが売買契約後いかに遅い時期(例えば一〇年後、二〇年後)となっても、売主に対し損害賠償を請求することができ、ただ右存在を知った時から一年内にこれを請求しなければならない旨を定めていると解することも可能である。しかし、右規定をこのように解するのは、右規定が本来の目的とする担保責任をめぐる売買当事者間の法律関係の早期安定を図ろうとする趣旨に反するものであって不当というべきであり、右規定は、売主の瑕疵担保責任の存続期間そのものについて定めているのではなく、買主が瑕疵の存在を知った後の損害賠償請求権の行使期間(除斥期間)を定めているだけであり、隠れた瑕疵がある場合の担保責任は、民事上の売買については、売買契約上の権利義務自体が一〇年の消滅時効により消滅することに照らし、売買契約締結の時又は登記ないし引渡しの時を起算点として、一〇年間の経過により消滅するものと解するのが相当である。

確かに、民法五七〇条の瑕疵担保責任の場合、瑕疵がまさに「隠れている」のであり、引渡しの時から買主が数量不足等の有無を自ら検査して担保責任を追求することできるような場合と異なる点があることは、原告の主張するとおりであり、建物付き土地の売買の買主としては、本件道路位置指定のような瑕疵の存在を知ることは困難であって、右のように解すると買主に酷な結果となる場合も考えられるが、法律関係の早期安定を図るという趣旨に照らし、右の点は右解釈を左右しないものというべきである。

また、原告は、瑕疵担保責任における隠れた瑕疵は、不法行為が継続しているのと同視できるから、これが存在する間は時効ないし除斥期間は進行しないこととするのが筋であると主張するが、瑕疵担保責任と不法行為責任の両制度の趣旨に照らすと、右進行の起算点の判断にあたり、隠れた瑕疵の存在と不法行為の継続とを同視する合理的な理由は見出し難く、右主張も採用することができない。

後に判示するように、本件においては、被告には、故意又は少なくとも本件道路位置指定の有無を調査し、原告に告知する義務がありながらこれを怠って売却した過失があったと認められ、被告の責任を不法行為責任と構成することも可能であるところ、民法七二四条後段は不法行為による損害賠償責任につき二〇年の除斥期間を定めており、原告が、被告に対し、損害賠償を請求する旨通知したのが本件売買契約の日又は本件土地につき所有権移転登記がされた日ないし引渡しがされた日から二〇年余を経過していることは、前判示のとおりであるから、右構成によっても、原告の損害賠償請求権については除斥期間が経過しているものといわざるを得ない。

二  争点第二について

甲第一ないし第四号証、第一一ないし第一七号証、乙第一号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件売買契約当時、免許を得てa建設の商号で建物取引業を営んでいたこと、被告は、本件土地を含む六六二・〇〇平方メートルをAから買い受け、昭和四七年九月二日に所有権移転登記を経由し、これを数区画に分筆し、建物付きで売却することを計画したこと、本件道路位置指定は、Aが被告への売却前に申請し、昭和四七年一〇月二七日にされたものであること、被告は、右買受後昭和四八年にかけて順次四棟の建物及びその敷地の分譲を行い、原告への本件土地の分譲が最後のものであったこと、そのうち二棟については建築確認を得て建築がされているが、本件宅地上の本件建物については建築確認が得られていないことが認められる。右によれば、被告は本件道路位置指定がされていることを知りながら本件土地を原告に売却したか、少なくとも被告には右指定の有無を調査し、原告に告知する義務がありながらこれを怠って売却した過失があったというべきである。しかしながら、時効ないし除斥期間の制度の趣旨からすると、例えば、故意又は過失により他人に損害を与えた不法行為者が消滅時効ないし除斥期間の主張をしたからといってそれが直ちに権利の濫用となるものでないことはいうまでもないところであり、本件においても、右認定のような経緯があるというだけでは、被告が本訴において消滅時効等を主張するのが権利の濫用に当たるとは解されず、他にこれを肯定すべき事情についての主張・立証はない。

第四  結論

以上によれば、争点第三について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(別紙)

物件目録

一 所在    干葉県柏市〈以下省略〉

地番    〈省略〉

地目    宅地

地積    八八・五一平方メートル

二 所在    干葉県柏市〈以下省略〉

地番    〈省略〉

地目    宅地

地積    八・四八平方メートル

三 所在    干葉県柏市〈以下省略〉

家屋番号  〈省略〉

種類    居宅

構造    木造瓦葺二階建

床面積   一階四四・八八平方メートル

二階 二三・一八平方メートル

以上

(別紙)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例